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天と大地の狭間で踊る

例えば、地球のことを知らない宇宙人に「カクテル」を説明するなら、どうやって言う?「チャーハン」の性質とか、ううん、前提としてこの地球のことから説明するかもね。
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騒がしく自転車をこぐあなたと気の抜けたコーラ

出張の暇つぶしに、アンパンマンミュージアムに入って以来、芸術鑑賞に病みつきだ。
びっくりしたのは、一人でゆっくり見にきている方も少なくなかったこと。
以来私も、誰かと一緒じゃなくてもいけるし、誰か誘って行くこともある。
江戸博は、期間限定の展示がとてもそれ以来私も、誰かと一緒じゃなくてもいけるし、誰か誘って一緒に来てもらうこともある。
江戸博は、催し物がとてもあの有名な横須賀美術館には、私の好きな谷内六郎の作品の展示が多数ある。
彼は、有名な週刊新潮の表紙を描いた人物だ。
その他、日光猿軍団の近くにある、夢二美術館で大量の絵葉書を買った経験も。
今でも、絵には常に素敵な時をいただいている。

どしゃ降りの土曜の午前に料理を
梅雨も終わり、今日蝉が鳴き出してたのを聞いて、少年は「あぁ夏だなぁ。」と感じた。
夏休みを目前に控えた日曜の午前中、少年は縁側で入道雲を見ながらアイスクリームを食べていた。
軒下では風鈴がときどきチリリンと音を立てた。
朝から暑い日で、日差しが少年の座った足を焦がしていた。
少年は元気に半ズボン姿だった。
ほっぺたを伝って汗が流れ、アイスクリームも溶けてきた。
少年は、近所の市民プールのオープンに期待していた。

控え目に体操する母さんとよく冷えたビール

此の程は、チヌ釣りにおもむいていない。
休みも仕事でとても激務で出かけられないというのもあるが、しかし、非常に日差しが強いから、出かけづらいのもある。
加えて、帰り道に近くの釣り場を眺めても魚をあげている雰囲気がないから、けっして行きたいとは残念ながら思えない。
たいそうたくさん釣れていたら出かけたくなるのに。

余裕で吠える兄さんとよく冷えたビール
海辺がものすごく近くで、サーフィンの場所としてもとっても知られているスポットの近くに住んでいます。
なので、サーフィンをする方はすごく多くいて、会社の前に朝はやく少しでも行くという人もいる。
そのように、サーフィンをする人が多いので、誘われることがとても多かったのだけれど、毎回断っていました。
その理由は、俺が、運動神経が悪く、息継ぎできずに泳げないからだ。
それでも、泳げなくてもできると言われ、やってみたけれど行った場所は初心者じゃない人が波乗りに行く場所で、テトラポッドが近くに置かれていて、波乗りのスペースがごく狭い浜辺だった。
泳げない私は、パドリングをする筋力も少なくて、すぐに流されテトラポッドにたたきつけられそうになり死にそうになりました。

風の強い月曜の午後に歩いてみる

昔、コンディションが悪い上に、偏った食事と、睡眠の具合が良くなかったので、吹き出物が激増した。
これはヤバいと考えて、食生活を整え、体に良い事をやろうと周りの意見を聞いた。
数多くの雑誌で勧められたのが、アセロラドリンクだ。
現在でもかなりの頻度で飲むことにしている。
レモンよりもCが豊富に入っていると言う話だった。
健康的な体と美容は結局ビタミンから出来るのかもしれない。

自信を持ってお喋りする先生と公園の噴水
富士には月見草がよく似合うとの名言を残したのは小説家の太宰治だ。
太宰はバスに乗車し、御坂を通り、現在の山梨県甲府市へ行く途中だった。
バスで偶然にも一緒に乗った老女が「月見草」と独り言を言う。
その一声で、振り向いた彼の目に見えたのが月見草、と、富士の大きな裾野だった。
富岳百景のこの部分は、日本一の名山を話すときに欠かしてはいけない。
他にも文芸作品にも人気の、3776mの名山だ。
どの角度から見ても同じく、美しい形をしているために、八面玲瓏と言う形容がよく合うと言われる。
なるほど、と思う。
私が感動したのは、春の富士山だ。

陽気に体操するあの人と暑い日差し

いつかの夏、私は恋人と、東京から下道を使って、茅ヶ崎に行ってみた。
なぜかと言うかは、宝物の一眼レフのカメラで海を撮ることだったけれど、上手に写せない。
海辺は久々だったから、しばらくすると裸足になって海の中に入りはじめた。
しだいに飽きて、ビーチで山を作ることをして遊びはじめた。
覚えている限りでは、それ位までは、おそらく近くに置いていたCANONの一眼レフ。
しっかり過ごして、帰宅途中、GSでデジタル一眼がケースにない事に気が付いた。
あきらめてアパートまで帰ったけれど、思い出すと、とてもさみしかったのを覚えている。
数多くの記録が入っていたあのデジタル一眼、今はどこにあるんだろう?

泣きながら踊る姉ちゃんとわたし
仕事の関係で鹿児島に定住してみて、墓前にその日その日、弔花をしている主婦が山ほどいることに面食らった。
老年期の女の人は、毎日、お墓に献花をしていないと、周辺の目が引っかかるらしい。
日々、献花をなさっているから、毎月の切り花代もめっちゃばかにならないらしい。
日ごとに、隣近所の老齢の主婦の方は墓所に集まって弔花をあげながら、会話もしていて、墓の不気味な空気はなく、まるで、人の集まる公園みたいにはなやかな空気だ。

自信を持って踊る友達と俺

自分の子供とのふれあいをとればとるほど、自分の子供はすごく私につきまとってくれるようになる。
生まれてすぐは、仕事が非常に忙しく、ふれあうことが珍しかったため、たまたま抱っこしても近寄ってくれなかった。
実の父なんだけどと哀れな気持ちだったが、仕事があわただしいからと観念せずに、頻繁に、休みの日にお散歩に連れていくらようにした、抱えても、お風呂でも泣かなくなった。
今日この頃、仕事で家を出る時、俺が行くことが悲しくて泣いてくれるのが顔がほころぶ。

ひんやりした金曜の昼に冷酒を
小説家、太宰治の斜陽の、がお気に入りの私は、三津浜水族館近くの安田屋旅館に向かった。
連れとして文庫本大好きの恋人。
目的の安田屋旅館は、太宰が斜陽の章の一部を執筆するために泊まった海沿いの旅館。
階段を動くと、ギシギシと、音がする。
向かったのは、太宰が宿泊した階段を上がってすぐの角の部屋。
雪をかぶった富士山が少しだけ、頭を出していた。
窓から見える海の海面には生け簀が作られていた。
このへんは来た甲斐ありまくり。

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